私の母は数学の教師をやっておりました。
教えるのが好きなようで、私のいとこなんかもよく教えてもらっていたようです。
しかし、思い返すと、私は一度たりとも母に数学を教えてもらったことがありません。
おそらく兄達も。
意外と自分の親には聞きにくいし、教えてもらっていたら途中でけんかになってしまったような気もするので、そんなものかもしれません。
ご両親が教師であった方、子供の頃はどうでしたか?
私の母は数学の教師をやっておりました。
教えるのが好きなようで、私のいとこなんかもよく教えてもらっていたようです。
しかし、思い返すと、私は一度たりとも母に数学を教えてもらったことがありません。
おそらく兄達も。
意外と自分の親には聞きにくいし、教えてもらっていたら途中でけんかになってしまったような気もするので、そんなものかもしれません。
ご両親が教師であった方、子供の頃はどうでしたか?
小学校の頃、どこどこに「いった」という「行った」と、卒業式を「おこなった」という「行った」の送り仮名が同じことを知り、「なんてこったい!見分けがつかないじゃないか!!」と言い知れぬ不安を覚えたのは遠い昔。
心配は杞憂に終わり、判別に迷うような文にはその後出会ったことはありません。
もし、区別のつかないような文を考えられた方は是非教えてください。
しかし! 最近、「つらい」と「からい」が同じ「辛い」であることに改めて気づき、再び不安に陥っています。
「このカレー、これ以上は辛くて無理!」
1.お腹一杯で、これ以上はつらくて食べれない!
2.からすぎてこれ以上は食べれない!
日本語って難しいですね。
春休み中の長男(4歳)は、妻の実家に5日間、その後、私の実家に1週間お泊りに行っておりました。
久々にやってきたゆったりとした時間。
次男の授乳で慢性睡眠不足の妻もたっぷりと昼寝を楽しめたようです。
私の実家では一つ年上のいとこのお兄ちゃんに色々刺激を受けたようで、何だかちょっと大人びた??様子。
「何でも自分でやりたがり病」はさらに進行しており、なんとなんと一人称は「しょうちゃん」から「おれ」に変わっていました!
この時期、少し上の同性から受ける影響とは計り知れないものがありますね。
たったの一週間ですが、明らかに語彙も増えています。
しかし、まだ舌足らずな長男の「おれ」には笑ってしまうなぁ。
まだまだ子供っぽい様子とギャップがとってもキュートであります。
大学時代、バレーボール部に入っていたのですが、とても怖いキャプテンがいた時代があります。
私は神戸市の岡本の実家から、吹田の大阪大学まで通っていたため、約1時間半の通学時間。
試合も差し迫ったある日曜日、携帯電話の着信で起こされて、出てみるとキャプテンでした。
「今、どこや?」
寝起きで全く意味が分からず、「え?え?」ととまどっていると、「すぐ来い。プツ、ツーツーツー…」。
つまり練習開始の時点で実家で寝ていた私。
ここから大学まで1時間半。
終わった。何もかも。
あまりの事にもう一回寝て現実逃避しそうになるのを何とかこらえて、全速力で駅へ!
電車の中でも走りたいぐらいあせりまくりで、心臓バクバクしながら大学へ向かいました。
到着後、鬼の形相のキャプテンに思いっくそしごかれたのも今はいい思い出。
いやはやしかし、人生最恐のモーニングコールでした。
そんなキャプテンも、引退後はめっきり丸くなり、今やかわいい双子ちゃんのパパです。
現在5か月の次男がいるため極力家の中に引きこもっている妻ですが、ささーと行く買い物先でもらってしまったのか、3日ほど前に急激な発熱でインフルエンザを発症、完全にダウンしてしまいました。
よっぽどインフルエンザウイルスに愛されているのか、結婚してから6回目の冬で、インフルエンザと過ごすのはなんと3回目の妻。
何とかできることをやってあげて助けようとは思うものの、家のことはいつも妻にお任せの私。
「~を取ってきて。」と言われても、どこにあるか探すところからスタートです。
そして何より完全母乳の次男のご飯の準備は代わってあげることもできません。
今日あたりからだいぶ復活した妻。
改めて有難さが分かりました。
旦那さんが先に亡くなった奥さんは長生きして、奥さんが先に亡くなった旦那さんは早死にする、というのは有名なデータですが、いやはや納得ですなぁ。
(ブログを時々チェックしているうちの奥さん対策もこれでばっちりだぜ)
以前に書いた私の敬愛する「あも先生」ですが、様々なエピソードがあります。
私が市立池田病院の研修医の時に、あも先生が今まで指導した下級医で近くの病院にいる先生を一度大集合させて飲み会してみよう!と声高らかに突然叫ばれました。
あも先生は典型的な有言実行型人間ですので、すぐにみんなに連絡を取り、次の週に6,7人で集まることになりました。
私とあも先生はみんなでわいわい食事をするのが大好きなので(その後も幾度となく連れて行っていただいてます)、いそいそと仕事を終わらせて、池田から梅田へと急ぎました。
他の先生方は少し遅れるとのことで、先に2人で乾杯を始めていたのですが、その日はお店が満員御礼で、外にもずい分並んでいる様子。
なかなかみんなは到着せず、込み合った店内で大きなテーブルを占拠している2人。
しかし、仕事柄、予定に遅れるなんてざらな話なので、特に気にせず楽しんでおりました。
そのうちに店員さんから、「お連れの方は…」「できましたら別のテーブルに…」など言われながらも、「いやいやもうすぐ来ますんで!」と宴会を続ける2人。
医者の世界、患者さんの具合によって、予定をドタキャンというのも珍しくないことですが、その後まさか全員から「やっぱり今日は行けません。」との連絡が来るとは…。
「あれ?これ、ひょっとしてやばい?」とここでようやく我に返る2人。
超激混みの店内。
ひろーいテーブル。
込みすぎていて、今さら移れる小さいテーブルもなさそう。
いそいそと料理の皿をテーブル全体に広げて少しでもすき間を目立たなくするミッションにとりかかるあも先生。
一生懸命手伝う研修医の私。
でも十分売上に貢献するぐらい2人で飲み食いしたので許してもらえたかな…(もちろんあも先生にご馳走して頂きました)。
大真面目に大ボケをかます愛くるしいわが子を見るのは、子育ての醍醐味のひとつです。
4歳の長男はそんじょそこらの芸人さんより笑わせてくれます。
最近、おいしいものを食べると、「うん!これは本物の味やわ。」と大人顔負けのセリフ。
それ、ふつうのカレーなんですけど。
そして、「おかわり一丁目!」
妻に聞くと、これはどうやら、最近覚えた「おかわり一丁!」と住所の「1丁目」がこんがらがったとのこと。
さらに今日は妻に絵本を読んでもらって、一人で床についたはずの寝室から何やらぶつぶつ独り言が聞こえるので何事かと行ってみたら、「一人でしりとりしてるねん!」との返事。
本人が大真面目、というのがより笑いを誘います。
一方で、解熱剤のマイナス面として、出るべき熱を下げるので、病気が長引くのでは?との疑問が沸いてきます。
色々な病気で、解熱剤を積極的に使ったグループは、解熱剤を使わなかったグループより少しだけ熱の期間が長引く、との研究結果があります。
しかし、その差はどれもわずかであり、しんどいのをひたすら我慢する割にその恩恵は少ないようです。
また、実際には解熱剤はこれらの研究のように積極的に使うというよりは、必要な時だけ使いますので、差はさらになくなることでしょう。
もう一つよく言われるのが、解熱剤を使うと熱性痙攣が増えるという意見です。
これに関してもたくさんの大規模な研究がありますが、「解熱剤では熱性痙攣は予防できない。逆に、解熱剤で熱性痙攣の率が上がることもない。」というのがおおよその結果ではあります。
つまり、解熱剤を使った後に万が一痙攣が起こったとしても、それは解熱剤のせいではありませんよ、ということです。
しかし、解熱剤を使用後に痙攣が起こると、あたかも使ったせいで痙攣が起こったという印象が強くなるので、熱性痙攣をしたことがある子は解熱剤を使わないように指導される先生も以前はたくさんいらっしゃいました。
現在は解熱剤は熱性痙攣とは切り離して、必要な時には使用し、不要な時には使用しないというシンプルな考え方となっています。
解熱剤は病気を治す力はありませんが、理解して上手に使えば、少し快適に時間が過ごせるようになります。
「できるだけ使わないように」というのも「どんどん使って下げるべき」というのも両方極端な考え方です。
安心なお薬ですが、あくまで必要な時だけ使うのが、一番上手な使い方ですね。
子どもは休みの日や夜に限ってよく熱を出すものです。
「解熱剤はできるだけ使ってはいけない!」という噂も聞いたことがあるし、何だか怖いもののように思っている親御さんもいるのではないかと思います。
このような誤解の一因として、おそらく一時期問題になった解熱剤とインフルエンザ脳症の話題があるようです。
実際、インフルエンザの時に、ロキソニンやアスピリンなど、現在大人でしか使わない解熱剤を使用した子どもで、インフルエンザ脳症の率が高いことが以前に判明したのです。
このことから解熱剤全般が悪いものとの誤解が生まれたのかもしれませんが、小児科で使うカロナールやアルピニー座薬、アンヒバ座薬などは、すべてアセトアミノフェンという同一の成分であり、安全に使えることが分かっています。
日本の小児科でアセトアミノフェン以外が解熱剤として出されることはまずありません。
病気の熱は、免疫の力を高めたり、風邪のウイルスを増殖しにくくしたりするプラスの効果もたくさんありますので、一律に下げる必要はありません。
発熱は敵と戦っているという、いいサインでもあるので、そのまま元気に戦いが続けられるのであれば、解熱剤を使う場面はないでしょう。
しかし、高い熱や、長引く熱の時には、戦いの途中に疲れてきて、ぐったりしたり、水分や睡眠が取りにくくなることもあります。
水分や睡眠が取れないと、治るものも治りませんし、不要であったかもしれない点滴をする羽目にもなってしまいます。
そんな時こそ解熱剤の出番。
簡単に言えば、戦いを2,3時間だけ一休みさせてくれるようなイメージのお薬です。
2,3時間後には必ず効果が切れますが、その隙に水分を取ったり、睡眠を取ったりできれば、上手な使い方ができた、と言えます。
例えば、お母さん方も足をけがして、痛くて家事ができない、なんて時に痛み止めを使って、その隙に洗い物や洗濯をしたり、ということがあると思いますが、解熱剤もこれと同様に考えると分かりやすいでしょう。
けがをしても、それほど痛くなければ痛み止めはいらないし、痛くて困るなら使えばいい。痛み止めを使ったからといって、けがの治りが早くなることはありません。
発熱があっても、本人がそれほど困っていなければ解熱剤はいらないし、しんどいなら使えばいい。解熱剤を使ったからといって、病気の治りが早くなることはありません。
ただし、こどもに家にある大人の解熱鎮痛剤は使わないように。
上記のアセトアミノフェンが安全に使える解熱剤です。
最後に、「何度になったら使ってもいいですか?」というご質問もよく受けます。
熱のない時に痛み止めとしても使うお薬ですので、低い熱の時に使っても問題はありません。
病院によっては38度以上とか、38.5度以上でなどと言われることが多いですが、あくまで一つの目安と考えてください。
お母さんが「触って熱がある」、というのと「しんどそう」という二つが揃っていれば使用して大丈夫です。
ただし、あまり熱がないのにしんどそう、という場合は病気自体が深刻な可能性がありますので、むしろ受診が必要です。
★量としては体重✕10~15㎎を目安にしましょう。極めて安全性が高いためまあまあアバウトな量で大丈夫です。座薬を切って使ってね、などとえらい適当な指示が出るのはこのためです。
私の血液型は、大学6回生の春(23歳)を境に、O型からA型へと変貌を遂げました。
父はO型、二人の兄もO型で、「あんたもO型やで」と母に言われ、毎朝のテレビの血液型占いでもO型の順位を一喜一憂しながら見ていたそれまでの人生。
阪大病院での実習で、輸血部を回って自分の血液型判定をするあの日まで、自分の血液型を疑ったことなどありませんでした。
試験管を振って、ありえないはずのA型での凝集反応を目の当りにした後、天地がぐわんとひっくりかえるような衝撃。
母がA型であることを思い出して、少し安堵しつつ、さらに長兄と私は間違いなく兄弟というほど顔が似ているので、さらにもう少し安堵しつつ。
どうも母の思い込みで私はO型にされていたようで、その後、赤十字で献血した際もしっかりA型という結果が返ってきました。
当時の恋人から、「この前ゲームセンターでやった相性占い、結構よかったけどO型で入力してたよなー。」と言われ、なんだがうすら寒い空気が流れつつも、結局A型でもう一度占いをすることはありませんでした。
そんな彼女は、今や私の二人の息子の母となり、共に楽しくにぎやかに毎日を暮らしています。