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医者という仕事その5 小児科医療 光と闇

小児医療に携わっていると、毎日の診療の中で子ども達から熱くたぎるようなエネルギーをたくさん与えてもらっています。

しかし新たに産声をあげる赤ちゃんは、1970年代に200万人を割り込んでからというもの減少の一途を辿り、現在は100万をわずかに越える程度となりました。

未来を担う新たな力の誕生が急速にしぼんでいっているのです。

それと並行して、近年ずいぶんニュースやドラマでも取り上げられるようになりましたが、日本における小児医療の取り巻く環境はどうもよろしくありません。

儲かるとか、採算を採るという概念とは程遠いこの科にやりがいと底知れぬ楽しさを覚えるようなある種の変わりダネドクターだけがひしめいているので、勤務医時代も開業してからも退屈することはありません。

とは言っても小児科医の端くれとして、10年後、20年後の小児医療はどうなっていくのだろうという不安がないと言ったら嘘になります。

以下のサイトでは、1999年に志半ばで倒れた小児科医師、中原利郎先生の思いがつづられています。

日本全体で色んなことを考えて、動き始めなければいけない時期にさしかかったのだと切に感じさせられます。

 

http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/yuigonjo.html

大学時代のことその6 パトカー

大学時代。

例によって監督と自転車で家庭教師の生徒さん募集のビラを近所のポストに入れて回っていた時の話です。

さすがに深夜2時に自転車でうろうろしているのがよくなかったようで、パトカーが近づいてきて、警察官の方に職務質問を受けました。

監督は結構小柄なのですが、警察の方の話だと遠くから中学生に見えたらしく、自転車のコソ泥ではないかをチェックするのが目的だったようです。

身分を証明するものは何も持っていなかったのですが、ちょうどビラに自分の情報が満載でしたので、ほどなく無罪放免となりました。

人生初の体験で、特にやましいことはないのにドキドキしました。

警察官の皆さん、いつもご苦労様です。

子育てその27 ひとみ婆さん

長男は今春、小学校デビューを飾りました。

毎日ノリノリで登校。

幼稚園時代からの近所のお友達と同じクラスになるという幸運に恵まれたこともあり、スムースなスタートを切ることができました。

幼稚園の入園式では一人だけぎゃん泣きして写真に納まっていたのが嘘のようです。

お友達とは行きも帰りも一緒のようで時々帰りにうちにも上がっていくらしいのですが、長男ともども上の前歯2本が歯抜けなので、二人でにこっと笑うと破壊力満点で正直わろてまうのを必死でこらえるうちの奥さん。

志村けんのバカ殿シリーズに出てくる「ひとみ婆さん」を彷彿とさせます。

家族・実家のことその12 親父とカメラ

今の時代は、デジカメや携帯写メが当たり前となり、失敗を気にせずパシャパシャ写真が撮れます。

フィルムも不要ですし、現像も必ずしもしなくてよいのもいいですね。

私もたくさん息子の写真を撮って、パソコンに保存してあります。

しかし、失敗が利くせいか、なかなか技術は上達せず、ブレブレの写真も多数です。

一方、私の父はいまだにこだわりの一眼レフ。

もちろんフィルムで、その場では出来栄えをチェックできず、やり直しも利かないですから、ハンターのようにしっかりと狙います。

一撃必殺です。

ぶれないように、いつもこれでもか、というぐらい脇をしめていかり肩になるのですが、それがおかしくて、妻などは今や父がカメラを覗いている様子を見るだけで爆笑する状態となってしまいました。

そんな父のおかげで、私はご存じのように男3人兄弟の末っ子なのに小さい頃からの写真が結構たくさんあります。

あの脇しめ・いかり肩ポーズでずっと撮り続けてきてくれたんだなあ、と思います。

写真はスキャンしてパソコンに保存しなおして、時々眺めています。

さあ、うちの次男の写真もたくさん残してやらねば。

どうでもいいことその13 耳を疑ったことpart5

クリニックの駐車場の端っこにいつもちょこんと置いてあるのが、私の愛車のアルファードです。

バックの時もモニターがあるとは言え、しっかり目視で後ろも確認しつつ慎重に操作いたします。

家族で出かけた時には、視界のすみに入る中部座席に鎮座したビリケンさんそっくりの次男(2歳半)。

成長ゆえか、バックの際にピーピーという音がしてもお風呂と勘違いして車の中で服を脱ぎ脱ぎすることはありませんが、まっすぐと前を見据えたまま「おーらいっ、おーらいっ」と威勢よく掛け声をかけるのが最近のはやりのようです。

妥協を許さないその真剣な眼差しに、誘導員としてのプロ意識を一瞬感じそうに

 

 

なるはずもなく、雑音に惑わされないように駐車スペースへとin。

院長 倒れる? その2 血液型検査

朝の出勤途中で交通事故に巻き込まれてしまいました。

出血多量で病院に運ばれ、薄れゆく意識の中で何とか声を絞り出して。

「私は医者です。血液型はA+です!輸血をお願いします!」

しかし、周りの医師は全く耳を貸そうともせずに淡々と血液検査をします。

すぐに正しい血液型の情報が検査室から届けられ、その情報を元に安全に迅速に輸血が開始されます。

(心配して下さった方、ありがとうございます。これは仮想の話であります。事故はなく、院長ピンピンしてます。)

 

最近はだいぶ少なくなりましたが、「血液型検査をしてくるように幼稚園、保育園から言われました。」と受診されるお母さんが時々いらっしゃいます。

当クリニックでは平成27年4月現在、1500円の自費の検査で血液型検査を施行しています。

クリニックの収益にはなりますが、上記のように血液型検査は医学的な意味は全くありませんので、実際にはお話しをした上で施行することはあまりありません(本人から希望があった場合くらい)。

主な使用目的は血液型占いや相性占いであり、子ども達からすれば痛い思いをして血を取られるのはうれしくないかな、と小児科医的には思ったりしまして。

保育園や幼稚園への書類では、血液型のところは空欄や「不明」で提出して頂いて全く問題ありませんよ。

なお私もガチで息子二人の血液型を知りません。

家族・実家のことその11 呼び方

私には兄が2人いますが、小さい頃からの呼び方そのままに、「しげっちゃん」、「たっちゃん」と今でもちゃんづけで呼んでいます。

冷静に考えると40近いおっさんらに、「~ちゃん」もないのですが、もう30年以上この呼び方ですので、このまま死ぬまで突っ走ることでしょう。

最後のお別れの時、しわくちゃのじいちゃんになった兄貴達に「しげっちゃぁーん!」とか「たっちゃぁーん!」などと叫んでいる、これまたしわくちゃのじいちゃんの自分を想像するとちょっとわらけます。

ちなみに父のことは、小さい頃は「お父さん」と呼んでいましたが、いつしか「親父」と呼ぶようになりました。

母のことは最近まで「母さん」と呼んでいましたが、長兄が母のことを下の名前でさんづけ呼ぶため、今はその呼び方になりました。

現在、うちの長男は、私達をパパ・ママと呼んでいますが、はてさてこれからどう推移していくのか見ものです。

でも将来恋人を連れてきた時にうっかり今のまま「ママ」と呼んだら、ちょっとねえ。

川崎病その4 見逃さないために

早期発見の難しい川崎病を見逃さないために、小児科医は様々な網を張り、神経を研ぎ澄まして観察しています。

高熱と体の色々な部分が赤くなるというのが特徴です。

 

①38.5℃以上の高熱が3日以上続く場合

(咳・鼻水のはっきりしたかぜでも高熱が3日以上続く場合にはこじらせていなかの確認のため受診しましょう)

②発熱を理由に受診して一旦帰宅となってから2日後でも発熱が続いている場合

(1回目の受診で今は大丈夫と言われても、熱が長引いた時は必ず再診しましょう)

③38.5℃以上の高熱+目が赤い

④38.5℃以上の高熱+首が痛い・耳下腺が腫れている

(首のリンパ節の腫れの可能性があります)

⑤38.5℃以上の高熱+体にべったりとした広範囲の発赤

⑥38.5℃以上の高熱+BCG接種痕の発赤

 

これらの症状がある場合には、家で長く様子を見ずに受診しましょう。

発症7日以内に免疫グロブリンの投与をすることが重要で、入院は発症5日以内が望ましいと考えられます。

川崎病その3 治療

川崎病の治療の目標はとにかく心臓に後遺症を残さないことです。

熱が出始めた最初の1日目、2日目は熱以外の症状がほとんどないことが多く、病日が進んでいくうちに目や唇、指先が赤くなったり、首のリンパ節が腫れてきたりと少しづつ症状が揃っていくため、診断がつくのはだいたい発熱4~5日目となることが多いです。

体を守るべき免疫の暴走を抑えるための特殊な治療をするために、入院加療が必要となります。

この際に使用されるのは、血液製剤の一つである免疫グロブリンです。

人間の免疫の中のいい成分を抽出した製剤で、このお薬を点滴でしっかり投与することで川崎病の治療成績はまさしく劇的と言っていいほど改善しました。

詳しい作用機序ははっきりしない部分もありますが、一部の免疫(ウルトラマン)の暴走を、投与した正常な免疫(かけつけたウルトラの家族)がなだめてくれるようにイメージしていただくとよいでしょう。

「輸血」や「血液製剤」という言葉は、まだ医療のレベルが未熟であった時代にHIVや肝炎ウイルスなどの感染を引き起こしてニュースを騒がせたことから、いざ必要になっても患者さんやご家族が不安になるのは当然のことです。

しかし、検査の水準は10年前と比較するだけでも比べものにならないほどの革新を遂げており、まさしくリスクはゼロではないという表現が適切なほど安全性は高いものです。

病院に行くための車の運転中の事故の心配の方が、その何百倍も現実的という時代です。

心臓に後遺症を残さないために、免疫グロブリンによる治療をためらうことは考えてはなりません。