カテゴリー別:日記

今月1日にはまた日野町へ撮影に行ってきました。「日野ひなまつり紀行」という雛祭りの展示が行われていたためです。この町の雛祭りで有名なのは、各家の塀に開けた桟敷窓から雛飾りを眺められるという方式です。この窓越しに雛人形を飾り、道路から家の中の雛壇を覗く形が町並みに連続するのは日野独特のものと紹介されています。

これはもともと家の中から祭りや行列を見るため、あるいは外を通る人と交流するために作られたようですが、むしろ雛人形を見せる役割の方が大きいのではと思います。雛人形に露出を合わせるとこんな感じです。

日野出身の商人たちは、京都・大阪・江戸へ出て商売をして成功しました。しかし本家は日野に置いており、町家では故郷の家に送ったものが今も残っているそうです。蔵を持つ家が多く、商家として代々財産を大切にする文化があったため、江戸末期~明治の雛人形が今も残っています。

このような桟敷窓はもともと家の中から祭りや行列を見るため、あるいは外を通る人と交流するために作られたようですが、むしろ雛人形を見せる役割の方が大きいのではと思います。お宅によっては「どうぞ入って見て下さい」という立札まであって庭先、あるいは玄関まで勝手に入って雛飾りを見られるような所もありました。

またこのように膨大な数の傘を手作りして飾っているお宅もありました。

すべて色々なパンフレットを折って作られており、3年ほど費やされたそうです。

日野の人々の雛祭りにかける熱量を感じました。

春節祭

連休中の2月22日は神戸元町にある中華街、南京町 で開催されていた春節祭を見に行ってきました。通りは想像以上の人出で、太鼓や銅鑼の音が響き渡り、街全体が祝祭の熱気に包まれていました。特に印象的だったのは、色鮮やかな張り子の龍が各店に入って舞いを披露していく光景です。店先だけでなく店内まで入り、商売繁盛を祈るように踊る様子は面白かったです。

DSCF6885-3

龍の被り物は二人一組で操られており、後ろの人はずっと中腰の姿勢のまま動き続けます。さらに見せ場となる決めポーズでは、前の人を肩の上に載せて高さを出すため、相当な筋力と持久力が必要そうでした。地元の人たちのチームですが、相当な練習しているのでしょう。華やかな演技の裏側にある大変さを想像すると、その迫力がいっそう伝わってきます。

今回は中華料理店に先回りして入店し、龍が入ってくる瞬間を待って写真を撮影しました。扉の外から賑やかな音が近づき、龍が店内に入ってきて子供がいれば加えるしぐさをします。日本の獅子舞と同じですが、頭が大きい分、なんだかユーモラスです。

 

少し路地に入ると静かで情緒がありました。

 

日野商人のプライド

ここ2年ほど、カメラを持って滋賀県に通っています。年初には滋賀県日野町に行って来ました。近江商人で有名な町です。ここにある近江日野商人館を訪れました。ここは元々中山兵右衛門という商人の邸宅でしたが日野町に寄贈されて資料館となっています。

近江日野商人館

 

近江商人とは、近江国(現在の滋賀県)出身で、江戸時代を中心に全国で活躍した商人の総称です。「三方よし(売り手よし・買い手よし・世間よし)」という言葉で有名です。その中には、五個荘商人、近江八幡商人、日野商人など、出身地ごとにいくつかの系統があります。

日野商人はこの街を拠点に、行商を中心に全国各地へ出向き、漆器、酒、薬、繊維製品など、生活に密着した商品を幅広く扱いました。

いくつかの自慢の展示品がありました。

とっておき六点

 

このうちの一つ、二宮金次郎は、名前は知っていても今一つ実感がわかない歴史上の人物でしたがぐっと身近に感じられました。

受領書 受領書実物

赤穂浪士47士討ち入りの知らせといった歴史的出来事と商人たちの関わりも興味深く、商いが時代と深く結びついていたことを実感しました。

赤穂浪士

 

日野商人は呉服や金融を扱っていた五箇荘商人や、問屋・卸売が多かった近江八幡商人とは違い、お椀や薬などの日用品を商うことが多く、質素で堅実なイメージがあるようです。しかしながら以下のような問題提起の記事も紹介されていました。拡大して読んで下さい。

問題提起 問題提起②

 

つまり、「日野商人は五箇荘商人より規模が小さく、近江八幡商人より後に登場した」という通説は、学問的には誤りであり、実際には江戸初期には八幡商人と同時期に登場し、人数や出店数では五箇荘商人を上回っていた、という主張です。

数々の展示や解説を通じて、日野商人が持っていた歴史への自負、そして商人としての誇りを感じることができました。

食習慣の改善

251231「食事学」

また食事に関する本を読みました。『食事学』(濱谷陸太著)をご紹介します。著者はアメリカの病院で予防医療研究の講師を務めている医師です。日々の診療で患者さんの食事に頭を悩ませる私にとっても、腑に落ちる点の多い内容でした。大事なところをまとめてみます。

1. 「○○が体に良い」という思考を捨てる

  • 「平均」と「あなた」は違う: 科学的なデータはあくまで集団の平均値であって、特定の栄養素や「インフルエンサーの体験談」に惑わされるべきではない。
  • 「置き換え」の視点: 食事は総量が決まっている。何かを増やせば何かが減る。また食品の関連もあり、例えば「卵を増やすと、実は加工肉(ソーセージ、ハム等)の摂取も増えていないか?」という食事全体を見る視点が必要である。

2. 「頑張り」に頼らない仕組み化の3ステップ

根性で食欲を抑えるのは無理。以下のステップで「仕組み」を整える。

  1. 「○○さえ食べれば健康」という幻想を捨てる。
  2. 自分の現状を知る: 後述の「食習慣スコア」で食習慣を把握する。
  3. 戦略的な改善: 無理に体重や検査値を目標にせず、「健康的な行動」そのものを目標にする。

3. 目指すべきは「食習慣スコア」の向上

食習慣スコアは食事質問票で算出する。いくつかスコアが開発されているが、本書では一例が紹介されています。

それは、以下の食品を過去一年間で平均週何回摂取したかを数えるもの。何点取れば良い、というのではなく、点数がよくなることを目指します。

  • 摂取を増やすべきもの(加点): 野菜(芋以外)、果物、全粒穀物、乳製品、ナッツ、豆類、魚
  • 摂取を減らすべきも(減点) 加工肉(ハム・ソーセージ)、赤肉(牛・豚)、砂糖入りの飲み物(スポーツドリンク含む)
  • 注意点: 少量でも飲酒はがんリスクを高める。超加工食品も避けるべき。

4. 完璧を目指さず、環境を整える

  • 環境の影響を自覚する: 自分がなぜ不健康なものを選んでしまうのか、その環境(コンビニの配置や周囲の誘惑)を知ることが改善の鍵である。
  • 賢い手抜き: 自炊にこだわらず、コンビニでも「冷凍カット野菜」や「カットフルーツ」を活用するなど、ハードルを下げて継続する。

「食習慣改善の目的は体重減少や検査値の改善ではなく、食習慣スコアを上げることにあり、その先の長期的な健康と幸福を目標にするべき」という言い切っているところが本書の非常に鋭く、かつ本質的な部分だと感じました。

雲海

今月連休の23、24日はカメラクラブ撮影会で岡山へ行ってきました。今回のメイン被写体は高梁市備中松山城の雲海風景です。

このような写真が撮れました。

L1004715-2

前夜から高梁市に宿泊し、午前6時から車で山の上の展望台に上りました。着いたのは6時20分頃で日の出前でしたが、すでに3、40人の人がカメラを持って待機されていました。眼下には素晴らしい雲海が広がっていました。。

実はこのような雲海は毎日見られる訳ではなく、いくつかの気象条件が揃っている時に限られます。それは、

・前日の日中と翌日早朝の気温の差が大きい

・湿度が高く十分な冷え込みがある(十分冷え込まないと霧ができない)

・よく晴れていて風が弱い(風が吹くと霧が飛んでしまう)

今回は幸運にもそういった条件に恵まれて良い写真が撮れました。

日の出後はこのようにまた異なった光景がみられました。

L1004731-2

それと最も大事なのが展望できる場所とポイントとなる風景の高さです。ただ雲がべたーっと広がっていても、それそれで凄いですが、この場所のように低い山々がいくつかあり、しかもその上に城の天守閣がある、というシチュエーションが絵になるわけです。

日本で天守が現存している城は12ありますが、山城ではこの松山城が唯一の城です。本格的には戦国時代に造営されたようですが、城主はこのように神秘的にみられることも考慮していたのでしょうか。

一時間ほどこの場所で粘り、幻想的な風景を楽しみました。

仁徳天皇陵の景観

堺市が世界に誇る文化遺産、仁徳天皇陵古墳。

今では色々な木々に覆われたこんもりとした小さな山のような美しい景観を見られます。しかしあまり知られていないことですが、明治時代前まではこういう姿ではありませんでした。

御陵の南側にある堺市博物館で詳しく説明されていますが、築造されたとき(5世紀と言われています)は葺石で覆われ、白く輝いていたようです。その後1,500年以上の月日が流れ、明治時代には竹や笹で覆われてたそうです。堺市博物館にはイギリス人考古学者ゴーランド(日本考古学の父と呼ばれています)が所有した、明治20~21年頃に撮影された東側からの全景写真が紹介されています。このブログには載せられませんが、その写真を見ると「低い木々に覆われた殺風景な小さな丘」のような印象でした。ウィキペディアには「現在の植生は、明治20年から3年かけて、墳丘を覆っていた笹を伐採し、松や杉、樫などの苗木19万本以上を植樹した結果である。」と書かれています。つまり現在の景観は植林した結果だということです。確かに自然に任せていれば今の様な景観ではなかったでしょう。

DSC_3262

先日、博物館で上記の明治時代の写真をもう一度見てみたいと思い訪れたのですが、上の写真の様な気球が浮かんでいるのを目にしました。そうです10月から堺市の観光用ガス気球「おおさか堺バルーン」の営業が始まっていたのです。予約もしていなかったのですが、とりあえず下までと行ってみれば、当日受付というのもあり、あっさりと乗れました。堺市民なので3,200円でした。

乗って真っすぐに上昇し5、6分で100mほどの位置に達しました。午後4時ごろでしたので夕日がきれいでした。確かに上空から見た仁徳陵は分厚く木々に覆われた独特で神秘的な姿でした。

気球に乗るつもりはなかったのでスマホしか持っておらず、100m下に落とさないよう、必死で握りしめながら写真を撮っていました。もしこの文章を読んで気球に乗ってみようと思われる方がおられるなら、ぜひ首にかけられるストラップ付のカメラを持って行かれることをお勧めします。

とにかく素晴らしい眺めでした!

↓下から見た気球

DSC_3278

 

↓堺市平和塔(60m)を超えました。

DSC_3282

 

↓夕暮れの仁徳天皇陵

 

 

↓地上に降りた気球

悩まないためには

誰でも生きていれば何度か大きな問題で悩むことがあります。私もぐるぐると同じことを何度も思い悩んで多くの日々を無駄にしたことが何度かあります。世の中には同じような問題に直面しても、さほどには悩まずにさっさと解決して前に進んでいる(少なくとも私にはそう見える)人もいます。ある日書店でこの本が目に入り、購入して読んでみました。

表紙

著者は木下勝寿さんという実業家で、悩まないためには、別に鋼のようなメンタルを持つ必要はなく、「問題を問題でなくする考え方」と「問題を『具体的な課題』に昇華する考え方」の二つの思考方法を持つべきだと述べています。つまりは問題を真正面から「解決」するのではなく、枠組みをかえることで問題を「解消」するのだというのです。

文中で具体的な例が挙げられています。ある社員が「会社での評価が低いこと」に悩んでいます。職場で居心地の悪い思いをしています。一念発起して仕事に力を入れても評価が上がることはありませんでした。それ以来すっかり意気消沈しています。

この問題に対する著者のアドバイスは、まず「問題を問題でなくする」ために、「そもそも会社で評価が低いことはそこまで大きな問題なのか?」と考え直すことです。評価が低くても同僚と日々楽しく過ごすことができればいいのではないか、ということです。

次のアドバイスは「今までの仕事をもっと頑張ることでなく、今会社の状況から重要な仕事は何なのかをつかみ、その仕事に業務をシフトしてゆく」ということです。問題を具体的な「課題」に変換することで問題を解消するわけです。

基本原則は上記のようなことですが、具体的には30個の方法が「思考アルゴリズム」として提唱されています。

この本の主旨を、私なりに端的に言ってしまうと「悩むより考えろ」ということになります。そのために5つのステップが書かれてあり、①「悩んでいる」自分を自覚する ②不快な感情の「原因」を考察する(なぜ悩んでいるのか?)➂最終目的に立ち返る(何を求めているのか?)④別の前提から「次の一手」を導く(何をすべきか?)⑤新しい課題を実行する、ということです。

次に悩み事が起きそうになったら、この本に書かれていることを実践しようと思います。ただその反面、「そうは言っても、、、、」という気持ちもあります。いざ問題に直面すれば、不安感情に襲われるからです。結局は問題に冷静に直面することが必要のようです。

 

 

傘鉾(かさぼこ)

お盆休みの8月16日には和歌山県九度山町の上古沢(かみこさわ)という所の傘鉾祭りを見に行ってきました。

九度山の椎出という所で毎年8月16日に「鬼の舞」という神事が行われ、何度か訪れました。このブログでも2022年8月に書きました。以前から同じ日に不動谷川という川の2㎞ほど上流(高野山に近い方)にあるこの地区で、3時間ほど前に小さな祭りがあるときいていたので、今回は鬼の舞とセットで訪れたという訳です。

この祭りは古澤厳島神社の神事ですが、まず少し離れた集会所のようなところでお祈りし、行列を組んで3体の傘鉾が神社に向かいました。皆さん素足です。神社に到着後、雨乞いと五穀豊穣を祈って神事を行います。

DSCF6503-1

DSCF6534-2

全体的には簡素で30分ほどの祭礼でしたが、驚くべきはその後に激しい雨が降ってきたことです。連日の猛暑でしたので日よけ兼用の小さな傘しか持ってこなかったので、結構濡れました。もちろん全くの偶然ですが、今回は神事の雨乞い効果が即座に発揮されました。

この傘鉾を持って練り歩く祭礼は日本各地にあります。祇園祭の山鉾もその一つです。長崎くんちも傘鉾も有名ですが、装飾がものすごく豪華です。色々調べてみると、傘鉾は雨乞いのためのものだけでなく、五穀豊穣、疫病退散、神霊の依り代(一時的に神様が宿るところ)という意義があるらしいです。

祇園まついりや長崎くんちは何日も行われ、大変大がかりなものですが、案外原型はこの上古沢の神事のような簡素なものだっかのかもしれません。

運動しても痩せない?

250730運動しても痩せない

ショッキングな本を読みました。運動は体重を減らすのには役立たないというのです。

著者のハーマン・ポンツァー氏は人間のエネルギー代謝学と進化に関する研究者ですが、タンザニアの狩猟採集民であるハッザ族のフィールドワークを行い、彼らのカロリー消費量を二重標識水法という方法で測定しました。

この二重標識水法とは二酸化炭素産生量を推定する方法で、現在最も信頼できるカロリー消費量測定方法と考えられています。

一日中動き回っているハッザ族の身体活動量は当然多く、一日でいうと平均の欧米人の一週間分を上回っているそうです。それでも体重で補正すると一日カロリー消費量は先進国の成人と変わらないという衝撃的な結果でした。そしてこの「体をよく動かすからといって、多くのカロリーを燃やすわけではない」という事実は他の民族でも、またヒト以外の霊長類の研究でも認められたということです。

どうしてこうなるかという問いに対する著者らの考えは、「脳が代謝をコントロールしているから」というもので、身体活動を増やしても空腹レベルを調節して食事摂取量を増やしたり、他の活動や代謝を減らしたりして一日カロリー消費量を一定に保っている、ということです。

では運動は意味がないのかという訳ではなく、体重を減らす効果は大きくないが、炎症などに余分なカロリーを回さなくなるのでアレルギーや動脈硬化を防ぎ、健康を維持するのには必要であるとも述べています。

結局体重を減らすには摂取カロリーを減らすことに尽きる、というのが彼らの結論です。

確かに「ジムに行ってるのに痩せない」というのはよく聞く話です。やはり体重コントロールは食べ物が重要ということなのでしょう。

 

 

ルーツをたずねる旅

今月のGWには徳島の剣山へ旅行しました。

なぜ剣山かというと、私の父方の祖父、曽祖父一家(近藤家)は剣山の中腹の一宇村というところで暮らしていて、この機会に家の跡を訪ねてみようと思い立ったからです。実は昭和55年(1980年)の夏に来たことがあります。この時は祖父の妹さんが一人で暮らしておられ、私はまだ大学生でしたが、何泊かさせてもらい、「兄やが帰ってきたようじゃ」と、大変歓迎して頂いたのを覚えています。

その方ももう亡くなられ、今回はお孫さんにあたる方が徳島県勝浦町というところにおられて、お会いして正確な場所を教えてもらいました。今は元々の家は完全に処分して、お墓も徳島市内に移し、新築した家(昭和55年に行った時にはありました)だけが残っているということでいうことでした。

当日は徳島市でレンタカーを借り、徳島自動車道を西へ40分ほど走って貞光というICで降り、そこから南へ国道438号を剣山方向へひたすら登って行きました。一時間余り登ってさらに東の方への細い道を行くと目指す場所にたどり着きました。

全景-2

確かに写真のような建物は残っていましたが、とにかくものすごい山奥で、少し上った所には民家が数軒あるものの誰も住んでいないようでした。右側の建物が当家のもので、左の家屋は他家です。この間に家がありました。  元々の家があったところは完全に更地になっており、少しコンクリートの土間が残っているぐらいでした。 下は反対側から見た新しい家で昭和の55年にはここに泊めてもらいました。手前に元々の家がありました。

 

祖父は大阪に来て就職し祖母と結婚して父が生まれましたが、自身は二十歳台で夭折しました。なので私は写真でしか見たことがありません。今回この場所をしばらく歩きまわり、祖父や曽祖父の一家がこの山奥でどんな思いで暮らしていたかと思うと、これは全くの気のせいしょうが、不思議な「暖かみ」のようなものを感じました。

その後車でさらに一時間ほど上ってあとはリフトと徒歩で剣山に登りました。昭和55年にも祖父の妹さんと来ました。下は同じ場所で撮った写真です。

 

令和7年

山頂からは見晴らしが良く、360度の素晴らしい眺望を楽しむことができました。 祖父や曽祖父たちも同じ風景を見ていたことでしょう。有意義な旅でした。